大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)521号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人中沢直吉の論旨は同弁護人提出の控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用する。

原判決認定の要旨は被告人は私鉄尾小屋鉄道株式会社の機関士であるところ、昭和二十六年六月三十日午前十時三十分新小松駅発尾小屋行第五混合列車を運転し同日午前十一時十分頃能美郡金野村字金平地内金平駅附近踏切から約五十五米手前の信号機附近に時速約十粁の速度で差しかかつた際前方約六十米の軌道右側約三米三十糎の芝生に同村同字ヲ五十六番地徳田憲新(満四年三月)外二名の幼年者が佇立しているのを認めた。この場合、漫然列車を進行するに於ては弁識力のない幼年者であるから危険の切迫を自覚しないで軌道内に進入することは稀有の事例でないので危険区域を脱するまで常に該幼児の行動に注意し警笛を絶えず吹き鳴らすのは勿論、必要に応じては何時でも急停車を為し得る処置を執りつつ進行すべき義務があるのに不注意にもその際自己並に機関助手村中平三郎において各一回宛警笛を鳴らしたのみで該児等が列車通過に際して横断することはあるまいと軽信したままその為めの減速の措置に出ることなく通常同駅構内に進入する時速約八粁の速度で漫然進行した結果踏切の手前約五米七十糎の地点にある時、踏切の後方約三米の軌道内に前記徳田憲新が突然進入するのを認め周章急停車の措置を講じたが及ばず機関車左側第一、第二動輪で該児の第四、五腰推の部位において身体の上下を完全に轢断し因つてその場において即死させたというのである。

右判旨の見解は鉄道機関士が列車を運転して軌道上を進行するに当り満四、五才位の幼児らが軌道外三米余の位置に佇立しているのを認めたときは警笛の吹鳴によつて危険を警告し列車の進路に立ち入らしめないようその動静に注意するのみでは事足ず弁識力のない幼児らであるから故意に進路に立ち入る万一のことをも予想して何時如何なる場合に飛び込まれても常に急停車によつて衝突を未然に回避しうるような態勢で進行すべき業務上の義務があるということに外ならない。つまり、この見解の本質を約言すれば、鉄道機関士は満四、五歳の幼児が軌道附近に立ち止つているのを前方に認めた以上は幼児の位置、姿勢、挙動その他の動静の如何を問わず、如何なる場合にも必ず幼児が軌道内に進入するものと仮定してその場合の措置に備えて進行すべく、若し進入した幼児に衝突した場合には進入が如何に突然であり且つ列車の直前に起つたものとしても業務上過失の責任を免れないということに帰着する。しかし、このような判断は列車の急停車が停車措置の着手と同時に完結するものでないことと思い合すれば如何に不合理であるかが了解されるのである。

且つ亦一般に満四、五才に達した鉄道駅所在の村落の幼児が軌道上を警笛を鳴らし轟音を発して進行する列車の危険に対し然かく弁識力を有しないものと断定すべき経験則は存しない。むしろ右の年頃に至れば幼児といえども其の本能的直覚と監督者の訓誡その他の生活経験により軌道を驀進する列車に接触する危険を覚知し列車通過の際軌道外に退避する慣性を有するのが通例であると云わなければならない。本件の場合は後記のような特別の事情から起つた稀有の例外であると認めるのが相当である。

故に列車の運転に任ずるものとしては本件幼児がその所在する位置、姿勢、挙動その他の外部から観察しうべき格段の徴表に照らし特に列車に接触する危険を冒すものと認むべき状況のない限りは常に列車の進路内に故意に進入するものと想定して何時如何なる距離に進入するやも計られないあらゆる可能性に適応する急停車措置を準備しつつ列車を進行する義務はなく又本来かかることは専用軌道を便り高速度をもつて公衆に約束された時間表を遵守して列車を運転する職責を有する鉄道機関士の使命に矛盾することになるのである。

しかるに本件において原判決の挙示する証拠並に当審の取調の結果を綜合すれば判示徳田憲新は平素より判示踏切の近傍にある自家の田地に作業中の両親の膝下を離れ右踏切に到つて屡々友達と遊ぶ例があり、本件当日も同様であつたところ、被告人の運転する本件列車の来進する際には軌道外の判示位置に退避して列車の進行を見ていたのであるが、列車が踏切真近に差し迫つた時、最近新調してもらつたばかりのゴム短靴を軌道内に置き忘れたことに気着き突然軌道内に飛び込み軌道外にゴム靴を投げ出したが途端に躓いて転倒した瞬間、狼狽した被告人の急停車措置も及ばず機関車の判示車輪に巻き込まれて二三回横転しながら轢断された事実が認められるのであり、且つ右ゴム靴の置かれた場所は踏切板の背後にかくれ被告人の運転位置より到底にれを認め得ない状況であつたことが認められる。故にこのような事実の下では本件事故の結果に対する被告人の業務上の過失責任を認めることの出来ないことは前叙の理由に照らして明白である。従つて原判決がこれを積極に解したのは法律上の判断を誤り罪とならない行為を有罪とした違法があり破棄を免れない。弁護人の論旨は理由がある。

そこで本件控訴は理由があるので刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書を適用して原判決を破棄し更に当審において被告事件の審理並に判決をすべく然るに右理由により本件公訴事実について犯罪は成立しないので同法第三百三十六条により被告人に対し無罪を言い渡すべきである。

そこで主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人中沢直吉の控訴趣意

原判決を破棄し、被告人無罪の御判決を求む。

原判決は以下のべる如く事実を誤認し、注意業務の内容について判断を誤り、法令の解釈適用を誤つたものでその誤は判決に影響を及ぼすものであり、破棄すべきものであるから、原判決破棄の上犯罪の証明なきものとして無罪の判決あるべきものである。原判決は「被告人は、私鉄尾小屋鉄道株式会社の機関士なるところ、昭和二十六年六月三十日午前十時三十分頃小松市新小松駅から尾小屋行第五混合列車(二号機関車)を運転発車し途中同日午前十一時十分頃能美郡金野村字金平地内金平駅附近踏切から約五十五米手前信号機附近に時速約十粁の速度で差しかかりたるが前方約六十米の軌道右側約三米三十糎附近芝生に、同村同字ヲ五十六番地徳田憲新(満四年三月)外二名(軌道右側約四米十糎附近)の幼年者が佇立し居るを認めたるを以て、その侭漫然進行するに於ては弁識力なき幼年者であるから危険の切迫するを自覚せずして軌道内に進入することは稀有の事例に非ざるを以て、その危険区域を脱する迄常に該幼児の行動に注意し警笛を絶えず鳴すは勿論、必要に応じては何時にても急停車を為し得べき処置を執りつつ、進行すべく、若しくは衝突等事故を未然に防止し得べき程度の除行を為す等周到なる業務上当然の義務ありたるに、不拘、不注意にもその際自己において一回、同乗の機関助手村中平三郎において一回各警笛を鳴らしたのみであるのに、該児等が列車通過に際して横断することなかるべしと軽信し何等その為減速の措置に出でず只停車場構内に進入する為約八粁の速度で漫然進行した結果踏切前約五米七十糎附近において踏切後約三米手前附近軌道に前記場所にいた徳田憲新が突然進入したをの認めたので周章して急停車の措置を講じたるも及ばず、自己の運転する機関車左側第一第二動輪で該児の第四第五腰推の部位において身体の上下を完全に轢断し、因て其の場において即死せしめたものである。」との事実を認定し、被告人を罰金六千円に処した。然しながら

第一点(一)原判決は右記載の如く被告人が「前方約六十米の軌道右側約三米三十糎附近芝生に被害者徳田憲新ら三名の幼年者が佇立しおるのを認め」た事実を認定したが検証現場に於ける証人本川尚子の供述(同尋問調書二問答以下一七問答)同証人村中平三郎の供述(同尋問調書一九問答)及第四回公判廷に於ける被告人の供述警察員に対する被告人の第一回供述調書の記載検察官に対する被告人の第一回供述調書によれば徳田憲新ら三名は立ち止つて動かず被告人の運転する列車の進行してくるのを見ておつた事被告人は憲新らの右状態を認めたものであることを認むるに十分である。従つて原判決が単に徳田憲新ら三名の幼年者が単に佇立し居るを認めたと認定したのは右各適法的確な証拠を看過無視して正確な事実の認定をなさず結局事実を誤つて認定したものである。(本件に於いて被害者憲新らが列車が約六十米前方にある頃から列車の進行に気付きその後飛び出すまで立つたまま動かず列車の進行しておるのを見ておつたこと被告人がその状態を認めたものであることは重要なことである。)

(二)原判決は前記の如く被告人が徳田憲新らが佇立しておるのを認めた際「被告人に於て一回同乗の村中助手において一回各警笛をならしたのみで時速約八粁で漫然列車を進行せしめ」た事実を認定したが検証現場に於ける証人村中平三郎の供述(同尋問調書七問答一六問答)同上被告人の説明(検証調書並写真その三)及第四回公判廷に於ける被告人の供述(同尋問調書)によれば被告人は右徳田憲新らを認めた後同人が突然列車の方に飛び出すまでの間機関車右側窓より顔を出すようにして、終始憲新らの状態を注視しておつたこと及何時でも停車のため制動できるような態勢でおつたことを認定出来るにかかわらず原判決がこれら適法な且十分に信用出来る証拠を無視し、右被告人の前方注視及制動態勢のことを看過して単に前記の如く被告人らの警笛吹鳴のみを認定して事実を誤認している。

(三)原判決は前記の如く被告人が漫然進行した結果踏切前約五米七十糎附近において踏切右約三米手前附近軌道に、徳田憲新が突然進入したのを認めたので急停車の措置を講じた旨事実を認定したが検証の結果によれば被告人の憲新を認めた際の位置は機関車の機関手席でありこの機関手より踏切の北端まで五米七十糎なるも機関車の前端とこの機関手席との間に二米八十糎のへだたりがあり従つて憲新の接触した機関車自体より踏切北端まで二米九十糎なること明白であるのにこの点を看過し漫然あたかも機関車自体が踏切前約五米七十糎接近したとき憲新が突然進入したのを被告人が認めた如く認定したのは事実認定を欠きこの点に於て事実の誤認があるものとせねばならぬ。以上(一)(二)(三)の如き事実の誤認がある。

第二点(一)原判決は被害者徳田憲新らは「弁識力無き幼年者であるから、危険の切迫するを自覚せずして軌道内に進入することは稀有の事例に非ざるを以て」云々と判示し被告人が被害者憲新らが軌道に進入することなしと信じたのは過失であるとしているが検証現場に於ける証人下出重雄の供述(同尋問調書五、八、九問答)同平道武志の供述(同尋問調書四、五、六、一〇、二五問答)同証人村中三郎の供述(同尋問調書一九、三一)同証人本川尚子の供述(同尋問調書二、一三乃至一七問答)により認め得る徳田憲新の家庭が本件事故現場より五百米位の位置にあり同人は時々この附近に遊びに来り汽車の危険を知り居ること、当日も本件事故の七分位前(従つて本件列車其の他の列車の現場近くに進行しておらぬころ)憲新らが軌道上で遊んで居たが列車の接近を知り列車の進行して来たるも危険の無い軌道外に立つて列車を見ていたこと憲新と同年輩位の幼児が従前しばしば本件事故現場に於て遊び居りたるも列車が進行してくればこれを避け曾て一度も事故がなかつたことに徴するときは当時満四年三月の憲新と雖もたとえ共に遊んでいた友人なり同行していた父兄姉等又は友人なりが軌道反対側にある等格別の事情が加わつていない限り(本件に於ては後記ゴム靴に関する点以外斯る事情なかりしこと各証拠により明白である)列車に接触の危険のない軌道外に立つて動かずに列車の進行をみておる憲新が突然軌道内に進入することを被告人が予知すべきことを期待するのは条理上無理であり苛酷である。現に同乗の村中助手も斯る危険も全然予知しなかつた事は前記村中証人の供述(同尋問調書三一問答)により十分に窺うことができるのである。本件事故は憲新が列車が接近してから前に自己がゴム短靴を軌道内に置き忘れたことを思い出しこれを取返えすべく突然飛び出したものであることは前記本川証人の供述により窺い得るところであり同供述並に検証の結果によれば本件事故前右靴が両軌条の踏切板の蔭(本件列車の進行してきた側より見て)に置きあつたもので被告人の位置たる機関手席より認めること不可能の状態であつた事を認めることが出来るから被告人が憲新が靴を取返すため突然軌道内に進入するかも知れぬという事情を予知出来なかつたものである。従つて被告人が憲新が危険の切迫を自覚せずして軌道内に進入することなしと信じた点につき法令上機関士としての注意義務に欠けたところがあると解することはできない。

(二)被告人は徳田憲新らを認めたので同人らの状態を注視し且制動開始し得るようにしてあつたことは前記第一点の(二)で説明した通りであるが斯る場合原判決はなお被告人に「衝突等事故を未然に防止し得べき程度の除行をなす」義務ありと判示しておるが検証の結果(検証調書末段)鑑定人本田政雄の鑑定の結果「同鑑定書(F三附表八)」第四回公判に於ける証人本多政雄の証言によれば被告人が徳田憲新が突然軌道内に進入したる際同人を列車に接触せしめずして列車を停止せしめるためには、その際の時速を時速四粁以内に下げておかねばならないものであること明白である。又斯る低速に下げるときは右鑑定の結果(同鑑定書附表五)前記本多証人の供述によれば列車は五米位進行すれば制動せずとも自然に停止することを窺知できるのである。人権の尊重すべきこと特に生命身体の尊重すべきは論のないところであるが、貨客の高速度大量輸送をなし公共性を豊かに持つ鉄道がその専用軌道(本件軌道は専用軌道である)により運転するに当り徳田憲新程度の年令の者が列車に接触の危険のない軌道傍に立ちて動かずに列車の進行を見て居る場合機関手に対し前記の如き低速にて運転すべき義務ありとなすは鉄道の機能を失わしめるものであり公共の福祉に反する結果となるのである。斯かる義務が機関士にありとなすは法令の解釈を誤るものである。加うるに被告人は本件事故当時に於ける運転は会社の運転取扱心得に従い平素上司より指導せられたるところに従つて運転しておるものであることは検証現場に於ける証人浦島政吉の供述(同尋問調書五、六、七、八、一八問答)で明白であり被告人に対し過失ありとなすことは出来ぬ。

(三)本件尾小屋鉄道は狭軌の軽便鉄道であるところ沿線住民らはその機関車が国有鉄道の夫れに比し小型なるの故を以てその危険性を軽視する傾きあり被害者徳田憲新の保護責任者に於て憲新を自己らの耕作せる場所より二町余距りたる本件事故現場の軌道附近に放置し居たることは証拠上明白なるところこれが為に本件事故発生したるものにしてこの事情は被告人の過失判定にあたり参酌すべきは勿論と思料せられ被告人に過失ありと認むることは失当である。

右(一)(二)(三)の理由により原判決は法令の適用を誤つておる。以上要するに本件事故は不可抗力であり被告人に過失責任がないのである。

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